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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)127号 判決

原告

横山鉄工株式会社

外1名

被告

富士鋼業株式会社

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和49年審判第4348号事件について昭和52年5月17日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求める裁判

原告らは、主文第1、第2項と同旨の判決を求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第2当事者の主張

(原告ら)

請求原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「自動製材機」とする特許第705600号発明(昭和42年2月8日実用新案登録出願、昭和46年7月31日特許出願に出願変更、昭和47年11月27日出願公告、昭和48年1月23日公告公報の訂正、同年10月9日設定登録、以下、「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、原告らを被請求人として、昭和49年6月3日本件発明の特許無効の審判を請求し、この請求は昭和49年審判第4348号事件として審理されたのであるが、昭和52年5月17日「特許第705600号発明の特許はこれを無効とする。」との審決があり、その謄本は同年6月2日原告らに送達された。

2  本件発明の要旨

「メイン偏角ローラーと材料送り込みローラーからなる自動製材機において、メイン偏角ローラーあるいは材料送り込みローラー等の角度を適宜に偏角して、挽材が自動的に定規に添つて前進されるようにした自動製材機。」

3  本件審決の理由の要点

本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

他方、本件発明の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であるアメリカ合衆国特許第3202189号明細書(以下、「第1引用例」という。)には、「テーブルの上下に少しばかりの間隙を置いて各1対の材料下受けローラー及び材料送りローラーを設け、前記各ローラーは動力によつて駆動され、挽材をその間に挾んで自動的にテーブル上に設けた定規に沿つて前進させるようにしたテーブル型自動製材機において、材料送り込みローラーの回転軸がテーブル面に対しては平行であるが挽道線に対し予め偏角設定されていることを特徴とする挽材の自動送り装置」についての記載がある。

そこで、本件発明と第1引用例記載のものとを比較すると両車は、

① テーブル型の鋸盤であつて、テーブル表面を挾んで少なくとも上下一対の挽材送りローラーを設け、前記送りローラーを回転駆動することにより、挽材を送りローラー間に挾んで鋸刃に向い前進させるようにしたテーブル型自動製材機であること、

② その材料送り込みローラーの回転軸の設定角度を挽道線に対して偏角し、もつて挽材が自動的に定規に沿つて前進するようにしたこと

の各構成を共通にし、本件発明は、

挽材送りローラー回転軸の設定角度を目的に応じて適宜に調整することが可能であること、

挽道線に対し偏角可能な送りローラーは、少なくともメイン偏角ローラーでも材料送り込みローラーでもまたメイン偏角ローラー、材料送り込みローラーに機能上均等な他の挽材送り機構でもよい、点で第1引用例記載の装置と構成上の差異がある。

しかしながら、特公昭32-8598号公報(以下、「第2引用例」という。)には、「挽材移送テーブル上に動力によつて駆動される材料送りローラーを多数個設け、挽材は前記送りローラーとテーブル上面との間に挾まれて前進するようにしたテーブル型自動製材機において、前記送りローラーの回転軸はテーブル面に対し平行でしかも通常では挽道線に対し直角に設定されて挽材は直線的に前進するものであり、また、必要に応じて前記送りローラーの回転軸は挽道線に対して任意に偏角して設定することができ挽材を定規に沿つて前進させるようにした木工機械用の送り装置」についての記載があるから、前記のように、挽材送りローラーの回転軸を挽道線に対して直角に設定して直線送りに用い、必要に応じて、当該軸を任意に偏角設定することにより挽材を定規に沿つて前進させること及びのうちの、少なくとも、挽道線に対し任意に偏角可能な材料送り込みローラー相当部材を備えたものは、本件発明の特許出願前に頒布された第2引用例に、当業者が容易に実施できる程度に記載されていると認められる。

したがつて、第2引用例記載のテーブル型自動製材機の挽材自動送り機構を第1引用例記載の製材機の材料送りローラー部分に施すようなことは、同1技術分野においてその一方の装置に施された技術を必要に応じ他方の機械に施したに過ぎないから、当業者ならば格別技術的創作を要することなく実施できることと認められる。

結局、本件発明は、少なくとも、第1引用例及び第2引用例に記載の技術に基づいて容易に発明をすることができたと認められる「1対の送りローラーを具えたテーブル型自動製材機において、材料送り込みローラーを任意に偏角設定し、挽材を定規に沿つて前進させる技術」を包含するのであるから、本件発明には特許法第29条第2項に規定する特許無効事由がある。

4  本件審決の取消事由

1 審判請求の利益がない。

本件の特許無効審判手続は、昭和49年6月3日付の審判請求によつて開始され、以後審理終結までの間に答弁書、弁駁書等の提出がされたものであるが、一方、原告らと被告間では代理人を介せずに当事者間で直接示談の交渉がされ、結局、原告らの本件特許発明を被告に無償で実施せしめ、被告は無効審判請求を取下げる旨の和解が成立していた。

ところが、代理人においてその旨の報告を受けたときには、審判手続についてすでに審理終結の通知が発せられていたため、審判請求の取下げは不能となつており(特許法第155条第1項)、間もなく本件審決がされるに至つたものである。

上記の次第で、本件審決時には、被告は特許無効審判請求についての利益を有せず、審判請求人としての適格を有しなかつたのであるから、かかる審判請求についてされた本件審決は違法である。

2 進歩性の判断を誤つている。

本件発明の大きな特徴は、材料送り込みローラー(上部ローラー)及びメイン偏角ローラー(下部ローラー)が挽道線に対して共に偏角可能な点にあるが、この構成を採つたことによる作用効果は引用例のものからは全く期待できないものである。

曲つている材料(挽材)を、その曲りに添つて鋸挽きするいわゆる曲り挽き作業において、数回の鋸挽きがされると、当初の材料は順次切り取られて幅狭となつてくる。これが、ある幅に達するまでは、その作業性は、第1引用例記載の装置による場合でも本件発明の装置による場合でも著しい相違は見られないが、以後においては大きく異なつてくる。すなわち、幅狭とつてきた場合、第1引用例の装置のように上部ローラーの偏角のみでは材料に傾き現象が生じ、定規に添つた移送ができなくなり、所望の鋸挽きが不能となる。ところが、本件発明のように、上部の材料送り込みローラーのみならず下部のメイン偏角ローラーも共に偏角可能となつている場合には、材料は、上下ともに偏角された両ローラーにより挾まれ移送されるので、定規に添つた円滑な移送が可能となり、当初に設定した条件で最後まで1様の幅で正確に鋸挽きすることができるのである。

しかるに、第1引用例には、下部ローラーを偏角する技術は全く示されておらず、第2引用例に至つては下部ローラーを具えず単にテーブル上を移動させるに過ぎないものであるから論外である。

このように、本件発明は、上下ローラーを共に偏角可能ならしめたことにより、従来不可能であつた曲挽きを最後まで正確にしうるという引用例が全く有しない作用効果を奏するものであるから、これを看過して本件発明の進歩性を否定した本件審決は、その判断を誤つたもので違法である。

なお、以上の点を除くその余の本件審決の認定判断(引用例の各記載、本件発明と第1引用例のものとの共通点、相違点)は争わない。

(被告)

請求原因の認否

原告ら主張の請求原因事実はすべて認める。

理由

1  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  審判請求の利益について

特許法第123条は、「特許が次の各号の1に該当するときは、その特許を無効にすることについて審判を請求することができる。」と規定しているのみで、特許無効審判の請求人の適格について同法が特に規定するところはない。しかしながら、特許を無効にすることについての審判手続は、審判の請求人と特許権者との対立構造をとりながら、公開の口頭審理を建前とし、一定の資格を有する3人又は5人の審判官(その職務の執行について除斥、忌避の規定がある。)の合議体により審判を行い、証拠調手続その他について民事訴訟法の規定を準用するなど、いわゆる準司法的な争訟手続の性格をもつて構成されているものであるから、民事訴訟において「利益なければ訴権なし」の原則が適用されるように、上記審判を請求することができるのは、当該審判請求につき法的利益を有する者に限られると解するのが相当である。

これを本件について見ると、請求原因4の1の事実は当事者間に争いがなく、これによれば、原告ら(審判の被請求人ら)と被告(審判の請求人)との間においては、本件特許無効審判手続の係属中、本件審決時前において、すでに和解が成立し、被告(審判の請求人)は審判請求を取下げる旨の合意が成立していたと認められるから、上記合意の時点において被告(審判の請求人)が本件審判を請求する法的利益は消滅したものというべきである。

そうすれば、被告(審判の請求人)の本件特許無効の審判請求はこの点において不適法として却下さるべきものであつたのにかかわらず、本件審決は本案について特許無効の審決をしているのであるから、その余の点について判断するまでもなく、違法であり、取消を免れない。

よつて、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)

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